地元で愛された名店の責務。“存続”を目指した後継者探し【レストランはまなす】前編
JR白糠駅から徒歩3分の場所に位置するレストラン「はまなす」。チーズや鹿肉など白糠産の食材を使った創作料理が人気のお店です。親子2代、約60年もの長い間この地で愛され続けてきた名店に、昨年大きな決断が迫っていました。それは「閉店」か「存続」か…。
2代目のオーナーシェフ・谷口修さんは、自身が70歳を迎えるにあたり、お店を閉めようと考えていました。しかし、それを知った町民からはたくさんの惜しむ声が寄せられ、谷口さんは「存続」を目指した“後継者探し”を始めました。
ゼロの状態から手探りで始まり、「もうダメかな」と諦めかけたこともあった後継者探し。約1年間奮闘した結果、2024年1月ついに後継者が決定したのです。
北海道白糠町公式noteでは、「はまなす」閉店の危機から後継者決定までの物語を前後編に渡ってお届けします。
前編では「はまなす」の歴史から現在に至るまで、谷口さんにお話を伺いました。
“なにを考えている!”怒る人まで現れた、はまなす閉店騒動
そもそもは、60歳になったら辞めようと思っていました。しかし、今の時代60歳だとまだ早いので、それなら70歳まで踏ん張ろうかなと。娘が2人いますが、跡を継ぐために生まれてきたわけでないので、好きなように生きればいいと考えています。子どもたちも独立したし、自分も好きなこともやりたいし、今年(2024年)70歳になるので、ちょうどいいところかなぁと。本当に辞めるつもりでいました。
ところがある日、その話をちょっとしたら、あちこちから無茶苦茶言われまして(笑)。ありがたいことに、「ダメだ!」「食べるところがなくなる」とか言ってくださる方がいて。中には、「なにを考えている!」と怒り出す方もいました。それでも辞めるには辞められるけど、そこまで言ってくれるならと思い直し、後継者を探してみようと決意したんです。
今日はなに食べる?メニュー数は130種類に上る
「はまなす」の創業は、1966年(昭和41年)の7月。私の両親が始めました。その後1983年(昭和58年)に私が引き継ぎ40年、現在に至ります。
1階はテーブル、カウンター、座敷席があり、2階は大広間とVIPルーム、地下にはパーティールームがあり、法事や会議、打合せなどにもご利用いただいています。お客さまの割合は、地元の人と町外の人とちょうど半々。釧路~帯広を移動しているビジネスマンや建設関係者、家族連れのお客さまが多いです。
グランドメニューは130種類。それに加えて、旬の食材を使用した季節替わりのメニューが約20種類あります。そのほか、宴会などはお客さまに合わせて大皿料理にしたり、懐石風にしたりと、全く別の創作メニューをお出ししています。
私はソムリエでもあるので、ワインも豊富に取り揃えています。実は、店内に1,200本のワインを常備しているんです。あなたの好きなワインが必ずあるはず!なんて気持ちでいます(笑)。
連日満席の超人気店「はまなす」の看板メニューは
特に人気のメニューは、「モッツアレラとトマトのスパゲティ」、「オールしらぬかミルフィーユ・セット」、「そびえ立つ天丼」の3品。食材は、地元のものを使用しています。
こちらのメニューは、まず冷たい状態のモッツアレラチーズをサラダとしてつまんでいただき、徐々に熱でチーズが溶けてきますので、そうなったらパスタに絡めて食べてください。この状態がすごくおいしい。そして、最後は残ったトマトソースと溶けたチーズを楽しむ。3段階楽しめるのが、この「モッツアレラとトマトのスパゲティ」です。
この「オールしらぬか ミルフィーユ・セット」は、スパイシーで味のメリハリがしっかりしている鹿肉、その上にやさしい味わいのラム肉と、相反する個性の肉がのっかっています。それを取り持ってくれるのが、モッツアレラチーズ。それぞれの味わいが楽しめるようにと計算したメニューです。
最後はこちらの天丼。先代のこだわりで、揚げたてをパリッと食べていただけるようにと編み出したのが、この盛り付けスタイル。それを今でも受け継いでいます。見た目がキャッチーなので、撮影しているお客さまが多いですね。本当はそれを狙った訳ではありませんが、運んだときに、とても喜んでいただけます。
料理をするにあたり一番に考えることは、どうやったらおいしく食べられるか。私は、“食材のリレー”と例えているのですが、生産者が飼育や種まきから始め、大切に育てあげたものが製品となってやってくる。アンカーである私がしくじったら最後で、生産者の努力が実るか実らないかというのは、自分にかかってくる。その責任感と緊張感があります。メニューを考えるときはいろいろ周到に考えていて、1発で決まるときもあれば、そうじゃないときもあります。でも、それが私の楽しみでもありますね。
訪れた人にとっても思い出が詰まっている「はまなす」
釧路市から、母・娘・孫と親子3代で昼食を食べに訪れたというご家族に話を聞いてみると、やはり「閉店」の噂は耳にしていたといいます。
白糠といえば、「はまなす」が有名ですから。白糠町に来るとここに寄ります。私たちにとっては何年も前からそうでした。同僚が会社を辞めたときに、ここの2階で慰労会をやりましたね。それがもう20年前くらいかな。そのときに初めてこのお店を知って、今もこうやってときどき来ています。(母)
いつも天丼を食べようと思って来るんですが、ついついメニューが多くて違うのを食べちゃう。今回はラム肉のステーキを食べました。とってもおいしかったです。お店がなくなっちゃうのはやっぱり寂しいので、なくならないでほしいです。次に継いでくれる人は、ずっと長く続けてほしいですね。やっぱり愛されているお店ですから。(娘)
今回初めて来ました。噂に聞いていたとおり、おいしかったです。うなぎやポークチャップもあるなんて…。また次来たとき何を食べようか、今からとても悩みます。(孫)
白糠とともに…後継者へ伝える熱い思い
ついに決まった後継者。今まで谷口さんが守ってきた「はまなす」に、新たな歴史が刻まれようとしています。後継者へ望むことを聞いてみました。
白糠町に住んでほしいと思っていたのですが、引っ越してきてくれました。ご夫婦で来てくれまして、厨房に立つのは奥さん。旦那さんはマネージメントをやります。現在いろいろな引継ぎが始まったところで、いつから正式に…というのはまだ決まっていません。まずはうちの味をしっかり伝承しつつ、彼女も調理の経験を持っていますので、いずれは自分の色も出てくることでしょう。
白糠というまち、そして白糠の食材を大事にして、それをメニューに反映した店づくりを引き継いでいってほしいと思っています。なんといっても、白糠というまちを盛り上げてほしい。いろいろな盛り上げ方があるけれど、私たちにできるのは食材や料理で盛り上げること。それを意識してやってくれて、料理でまちづくりに貢献してくれるといいなと思っています。もちろんそれも伝えていて、本人たちも地元の食材を使ったメニューを作りたいと意気込んでいます。
白糠町の魅力があふれるところといえば、食材の豊富さはもちろんですが、釧路も近いし帯広へ日帰りで遊びに行けるし、非常に立地の良いところでもあります。しかも「はまなす」からだと、空港は車で20分、JRの駅は徒歩3分と、生活するにもとても便利。だからこそ、このレストランの存在が町民の快適さに繋がるように、しっかりバトンを渡していけたらなと思っています。
(つづく)